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はじめましてこんにちは!きよち(@kiyoworks723)です。

このページでは回り道だらけの生い立ちから、紆余曲折を経てブログで食べていくと決めたきっかけをまとめています。

 

まずは簡単に自己紹介

名前 きよち/現役OLブロガー
年齢 1982年生まれの35歳
居住 東京都三鷹市
得意 デザイン・イラスト・漫画
性格 四角い部屋を丸く掃きがち
遍歴 販売 ▶ コールセンター ▶ 医療事務 ▶ デザイナー
家族 ダンナと二人暮らし

 

以下、きよちの略歴ですーーー!↓↓↓

 

1982年(昭和57年) 夏、誕生。

 

 

1982年8月9日 洋食屋を営む両親のもと、長女として誕生。夏に生まれたので“なつみ”という、どストライクなお名前を頂戴する。

 

両親は一日中、自宅兼 店舗の洋食店で働く日々。同居してた大正生まれのバアちゃんに、時たま渋~ぃ子守りをされる以外、ほぼ野放しで育つ。

 

結果子供だけで遊ぶことが多く、3歳下の妹と2階自宅の居間でよく絵を描いてたことが、のちのデザイナー業のきっかけに。

 

小中高時代 人生1回目の谷底へ(;;)

 

小学生の途中まで明るい&目立ちたがりな性格だったが、小5で突然、原因不明の対人恐怖症に。

 

卒業までなんとかやり過ごすも、中学入学後さらに悪化。親にも誰にも言えず普通のフリをして押し通す。

 

 

高校入学。長いこと無理やり抑えていた抑うつがとうとう決壊し、うつ病を発症。不登校を経て入学からなんと3ヶ月も経たず中退。

 

長女にありがちな“仮面優等生”だった娘が突如変貌してしまったことを受け、それまでの子育て法をめぐって、両親がたびたび喧嘩するように。

 

 

“もう、家の外にも中にも居場所がない…凹” と感じた私は、求人雑誌でたまたま見つけた住み込みアルバイト(通称:リゾートバイト)に応募。結果採用されてしまい、その後4ヶ月という長きに渡り『合法家出』を決行。

 

16歳の子娘がいきなり『単身他県に行く』と言い出し聞かないもんだから、半泣きになった母が『せめてこれを…!』防犯ブザーを無理やり持たせようとする()。

 

きよち
今だから思うけど、よく出してくれたなあ…!
ジブンが母だったら止めそう(←)

 

心機一転 住み込み農業バイトに励む16の夏

 

 

16歳の夏。長野県は川上村、70代夫妻の農家宅で、住み込み農業バイト開始。

 

早朝5時起きの弁当作りからはじまり、野菜の収穫→コンテナ荷詰め、炎天下の中、広大な畑で雑草抜き、苗の水やり、苗植えと、朝から晩まで泥だらけになってひたすら無心で働く日々。次第に東京での嫌な出来事が昇華される。

途中、盛大にホームシックになるも、住み込み先の奥さんお手製の超絶おいしいお漬物に助けられ、なんとか4ヶ月完遂。

同い年のお孫さんがいたこともあり、まるで本当の孫のように可愛がってもらう。

 

きよち
東京に帰る日、小海線のホームで
まるで映画みたいに、号泣しあいながらお別れしたのは
いまだに忘れられない思い出だよ!(;;)

 

高校に再入学しリスタート

 

 

翌年春、不登校や中途退学者の受け入れ体制がアツい、某都立高に再入学。

 

学年なし、クラスなし、チャイムなし、制服なし(!)の“ナイナイ尽くし”というスーパー自由な校風ゆえ、集まるのはやはり、他校でドロップアウトした様々な年齢の“スーパー自由な民”ばかり。

 

奇人変人ばかりの“若人のるつぼ”。学校特有の団体行動やヒエラルキーから解き放たれ、人生でいちばん自由な日々を過ごす。

 

きよち
でもその間もうつはいったりきたりの繰り返し。
途中悪化して一年留年したよ…!汗

 

 

 

高校最後の年。絶賛うつうつの中、とある美容院でヘアカットした際、オーダー時の期待値を大幅に上回る出来上がりに衝撃を受ける。

 

鏡の中の自分がまるで別人のように元気に見えたことで、美容が心身に与える作用に感動し、美容関係の進路をひらめく。翌年春、東京/南青山のメイクアップスクールへ入学することに。

 

 

専門学校入学で ダンナ様と“まさか過ぎる”出逢い

 

 

入学早々、年1回&全員参加のメイクコンテストが開催されることとなり、渋谷は国道246号沿いで、慣れないモデルハントを開始。

 

この時偶然、“いかにもメイク映えしそう”な彫りの深~い男子とすれ違い、思い切って声かけをしたことで、うっかり未来のダンナ様を『ハント』することに(※)。メイクの練習と称してスクールに召喚するうち、なりゆきで交際がスタート。

 

きよち
※モデル=男性NGのきまりはなかったんだ!

後で友達や先生から『それただのナンパじゃんと総ツッコミされたけど、今はいい思い出!www

※おまけ:当時書いてた別ブログ描いた馴れ初め漫画

 

丸2年の通学を経て、晴れて美容業界に就職。しかし…

 

卒業後、渋谷の某百貨店・化粧品フロアーに正社員として勤務。

 

 

しかしここで、“オンナの縦社会と売上至上主義”に遭遇し、ストレスで体重が激減。結局耐え切れず早々退職、メイク業界から距離を置くことに。

 

***

 

しばらく派遣社員としてコールセンターを点々としたのち、“やっぱり好きなことで仕事がしたい!”と、今度はイラストレーターを志す。独立活動のための時間を確保しようと、思い切ってパートタイマーへキャリアダウン。

 

整骨院の受付として医療事務をしながら独立を目指す。途中、ナンパ ハントをきっかけにお付き合いを続けていた当時の彼氏(現ダンナ)と同棲5年を経て2008年 25歳で結婚。

 

ちょうどこの頃、決意表明として当時買い切りで10万円したフォトショップ裏技で買う。

 

『イラスト+デザイン』業&医療事務 二足のワラジでバタバタな日々

 

パソコン 作業 風景

 

アメブロを開設し地道に記事を発信するうち、ブログ経由で少~しづつお仕事をいただけるように。

しかし当初の思惑と異なり、あくまで腰掛程度に考えていた医療事務パートが忙しくなり、週6のフルタイムで働くことに(!)。

 

お客様に納期でご迷惑をおかけすることだけは避けたかったので、ある時は徹夜、またある時は早朝4時起きと、身体にムチうって忙しい日々を無理やり駆け抜けながら、キャリアを積む。

 

当時のお仕事
  • アメブロヘッダー制作
  • ブログバナー制作
  • 様々な業種の方の販促チラシ
  • 他ブロガーさんのヘッダー診断
  • ブログヘッダー講座(セミナー外部講師)
  • プロフィール写真のレタッチ(修正)サービス…などなど
きよち
正直あれは…20代だったから出来た荒業だなあ…

この歳になって徹夜はさすがにツラいわぁ…w_(´ཀ`」 ∠)_

 

そんなこんなを経て2012年のある日。パート先の社長から突然、呼び出されることに。

 

腰掛だったはずのパート先から、まさかのシゴトが!

 

社長
清川さあ、今度うちの会社のホームページ作ってくれる?
きよち
…えっ?えええーーーーー!?ホ、ホームページですか?!汗汗

 

もともと社長には面接時から、デザインを勉強していると伝えており、加えてアメブロを続ける中で、HTMLやCSSも少~しだけ学んでいたきよち。しかし、さすがにホームページをゼロから作りあげるほどのスキルはなく…

 

悩んだ末、やはりここでもウラ技を駆使して、HTMLとCSSの全ての作業をパソコンに明るいダンナに全て担ってもらって何とかピンチを切り抜ける。

 

きよち
出来ないって言ったら最後、仕事こなくなっちゃうもんね…裏技でもなんでも使って(爆)、その場を切り抜けるのも、だいじ!

 

幸い、作ったホームページは好評だったので、その後、支店を出店させる毎にお仕事を頂くように。医療事務のみだったはずが、徐々にデザイン業務も割合を占め始める。

 

そして、2015年のある日、またまた『話がある』と今度は会長に呼び出されることに。

 

2015年 2度目の『呼び出し』でお仕事環境が激変

 

 

会長

おい清川、お前この春から グループ会社へ移籍してくれ!

きよち

…えっ??

うぇええええーーーーーーーーーーーーーー!!?

 

33歳ド素人が ネットショップの企画・運営・販売に

 

ネットショップ ECショップ ダンボール 抱材

 

会長の命で、医療事務から急遽、グループ会社である健康食品メーカーでの勤務が決まり、取り扱い商品のネットショップ運営を任されることに。

 

これまでのデザイン等の販促技術が買われての人事ではあるものの、あまりに突然すぎて勤務形態がキレイにシフトせず、しばらくは2社を行ったりきたりの重複勤務。

 

忙しく 行きかう 現代人

 

 

目が回る忙しさで思わずココロが挫けそうになった当時。とある曲を支えに、何とか踏ん張り続ける。

 

 

『歩きだした山道はガラスの破片が多いんだ

 打ち勝てずなくなくやめた人達が

 落としていった警告の証

 刺さったもんなら痛くて、心臓や脳まで貫く痛み

 涙拭くハンカチなんてないんだ Tシャツで拭って前向け』

NakamuraEmi – 「YAMABIKO」より

 

 

『毎日大変だけど、まだまだこんなもんじゃ弱音なんか吐いてられない

 もっともっと頑張って、結果出して見返さなきゃ』

 

きよち
正直、当時は『無理する自分に酔ってた』なと思う…

理由はどうであれ『頑張るを頑張りはじめる』のは、よくない前兆…!

 

音楽で奮い立たせて、本当の気持ちを無視し続けるうちに、少しずつ、確実に擦り切れていた私。数ヵ月後、ついに限界が訪れる。

 

 

JR池袋駅 東口

 

“限界は突然に”。ある日、電車のホームで立ち尽くす。

 

2015年秋、JR山手線の駅ホーム。ボーっと電車を待ちながらふと、よぎる思い。

 

『ああ…ここから飛び込んだら、ラクになれるのかなぁ…』

駅 ホーム

 

自然に湧き出す『死にたい』という気持ち。とうの昔に切れていたリミット。

 

この頃には同僚の前でも普通を取り繕うことが出来なくなり、ある日とうとう、職場で泣き出して止まらなくなる。心療内科へ駆け込んだ頃には、時すでに遅し。

 

人生2度目の『うつ病』診断が下ろされ、そのまま休職が決定する。

 

抗うつ剤

 

1ヶ月の休職を経て何とか復帰。2年掛けて“ほぼ寛解”するも…

 

幸い、思春期の10年に及ぶうつ病経験があったため、シゴトをセーブし休養に徹することで、その後少しづつ普段の自分を取り戻していく私。

 

およそ2年の歳月をかけて、やっと日常を取り戻しつつあったちょうどその頃。社内で退職者が相次ぎ、再びまさかの事態が訪れる。

 

移籍時、5人いた社員が、自分と事務員の“2人きり”に

 

孤独 モノクロ 風景

 

偶然が重なり、複数人いた社員の退職が続いた2017年夏。慌てて追加で採用した事務員と併せても従業員数が2人という事態。

事務員はあくまでも事務がメインなので、これまで複数人で分担していた業務を、ほぼ一人で担うことに。

 

きよち
ああこれはもう…

『ヤバいフラグ』たってる…凹

 

というわけで、↓↓↓

 

2018年2月 人生3度目の『うつ病』で目が覚める

 

2018年2月。会社に穴をあけられないと風邪を押して勤務しているうち、ストレスが原因とされやすい『帯状疱疹』を発症する。

 

『…えっ?…うそ?!』と驚く間もなく、同時に訪れる、久々に、ジットリとねとつくような“あの感覚”。

 

『あ…ヤバい、この感覚はよく知ってる。ヤバいぞ。』

 

こうしてわたしは、皮膚科を受診したその足ですぐさま心療内科へ。ここで、まさかの、人生3回目のうつ病診断が下りる。

 

加えて、すこしづつ減薬を進め、次回の通院でやっと卒業予定だった抗うつ薬を再開するという展開。あまりにショッキング過ぎて、しばらく受け入れることが出来なかった。

 

こんな人生、クソくらえ。どん底まで追い詰められて、覚醒する想い。

 

夜明け 海辺 海岸

 

なんでこんなになってまで、擦り切れなきゃいけないんだ?冗談じゃない。これ以上もう我慢できない。

私はわたしの人生を生きる。そのために、会社に依存せず、自由にいきられる経済力を、絶対得るんだ。

 

人生3回目のうつ病が、強烈な痛みとともに覚醒を呼び起こし、結果大きなターニングポイントを得ることに。

 

 

2018年4月 とうとう、ワードプレスでブログを立ち上げる

 

会社ではフラフラ、家でも寝込む日々が続く中、ネットで生計を立てているブロガーさんのブログを読み続けること1ヵ月。

 

体調がやや回復してきたところで、思い切ってワードプレスでのブログ開設手続きを開始。

 

サーバー選び、ドメイン取得など、頭がうまく回らないなか、必死でネットで情報を探す。

 

辛くてもやる、いや、ツライからやる。この状況を打破するために。そして

 

2018年4月5日。ついに、開設にこぎつける。

 

 

 

 

自由に生きたい。ブログを通じて、自らの手でシゴトを、お金を、生み出したいんだ。

 

会社に依存しないでも、じぶんらしく生きられる私に、どうしてもなりたいんだ。

 

そして、もし、同じような経験を経た人がいたならば、

 

一歩踏み出して、『こんな生き方もアリじゃない?』って、自分のコトバで発信できる。

 

そんな立場に、なりたいんだ。だから・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…えー、お待たせしました。本日も“未来線”にご乗車くださいまして、誠にありがとうございます。』

 

 

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『この先  揺れますので、お立ちの皆様は、つり革、手すりにおつかまりください。』

 

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『この電車は、未来線直通・快速 “自由行き”です。

 

 途中、“失意” “挫折” “諦め” には 停車致しませんので、ご注意ください。』

 

『担当車掌はわたくし、清川です。』

 

線路 自由への道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、回り道だらけの『私の物語』。まだまだ先は長いです。でも、こうして廻り合えたあなたが、未来行きの同じ車窓を、一緒に楽しんでくださったなら嬉しい限りです。

 

ここまで読んでくださった『あなた』に、とびきりの感謝を込めて。きよちこと、清川なつみより。

 

 

 

 

追記:当ページ冒頭の『週刊誌風バナー』メイキング記事を一挙公開中!コチラからどうぞ^^