私が毎日『大好き』を世界発信する理由 9年目の3.11

3.11から9年目

 

2011年3月11日(金)。

私は地元の整骨院で医療事務 兼 受付としてシゴト中 ビルの5Fで遭遇した。

 

あの日から私は、親きょうだい・友人知人・恋人と、自分の好きな人には好きと思ったその瞬間、躊躇なく一切の加減なく、スキを出力するようになった。震災を境に変わったっていう、よくある話。ありふれ切ったハナシ。

 

でも私にとっては、何にも代え難いだいじな記憶で、幸いにも振り返る時間の余裕があるものだから、今日はこうして綴ることにする。

三鷹駅前の風景

 

9年たったから あの日のこと少し振り返ってみる

 

あの日のことは未だ鮮明に覚えている。代わり映えしない、いつもどおりの平和な金曜日だった。唯一普段と違ったのは、午後イチに古くなったPCの入れ替えがあり、昨日とは違うピカピカPCが目の前にあったこと。

医療事務であるがゆえ、一日中いじくる仕事道具が一新されたことで私はルンルンだった。設置が終わり営業さんが帰ってすぐ、デスクトップ画面を隅々眺めては愛でていた。

そんな中ソレはウソみたいに静かに始まった。

 

 

カタカタ、カタカタ。

 

“あれ、地震?”

『あ、地震』『地震だ』

『おうおう、もっと揺れろ』

『ちょっとKさん、ヤメてくださいよ笑』

少し悪乗りする同僚を嗜める余裕がまだあった。

 

ガタガタ、ガタガタ。

 

“あれ、結構強いかも”

当初ふざけていた同僚と、一緒に笑っていた男性スタッフ達から笑顔が消える。

 

バン・・・バンッバンッ ドンッドンッ。

 

次第に強くなる揺れに院内のパーテーションが聞いたことのない音を立てだして、入れ替えたばかりのPCが重力を忘れたかのように軽々吹っ飛んだ。

 

“あ・これヤバいやつ”

 

皆がやっと気づき始めた頃には、いよいよ家具から機器、ベッド 壁に至るまで、歪んだノイズの大合唱。

 

受付ゆえ入り口のすぐ脇にいた私は、秒で外履きの靴に履き替え、複数人が同時に脱ぎ履きできない狭い玄関から、患者様とスタッフの靴を全て待合室へ投げ込む。揺れが収まったら即外へ逃げるため。

防火扉と出入り口の引き戸が揺れで閉まらないよう、支えながら玄関で立つ。

と同時に第3第4波と襲ってくる強い揺れ。人生史上体験したことのないうねるような揺れに本能ごと揺さぶられる。『いつもの地震のレベルじゃない』

 

地震の揺れ

 

間髪要れず更に強い揺れ。もう立っていられない。思わず近くに居た女性スタッフととっさに手をとり強く握りあう。身体ごと吹っ飛ばされそうな揺れが永遠のように続く中、中腰でただた耐えるしか術がない。玄関の脇がガラス張りなせいで、眼窩の景色がまるで冗談みたいにブンブン揺れてみえる。

 

“遊園地のアトラクションみたい”

“とうとう首都直下地震が来てしまった(※当時本気でそう思った)”

ほんの数秒の間で、あらゆる覚悟と絶望をした。

 

ここで死ぬかもと本気で思った

 

このまま揺れ続ければビルごと倒壊する。この揺れの強さだ、大正生まれの婆ちゃんが戦後すぐ建てた実家なんて、今頃とっくに全壊してる。さっきまで平凡なただの金曜日だった筈。まさか今日で両親とサヨナラするとは。

“自分も周りの人間も、終わりは突然で、かくも呆気ないんだなあ”

 

関東で遭遇した私がソレなんだから、東北の方々の恐怖は計り知れない。

やっと揺れが収まったとき、涙が滲むと同時に盛大に膝が笑いだした。ガクガク、ガクガク。生まれて初めてだった。身体に未知の恐怖が刻まれたんだと悟った。

 

やっとのことで皆で外へ出ると居合わせたビルの大家さんが『東北で震度7だってよ』 え・この揺れで震源地そんなに遠いの。なら震源地の方はどれだけのことが起きているんだ。放心状態。方々への電話も繋がらない。

 

幸い実家が同じ市内で徒歩圏内だったので、勤務中にも関わらずお願いして白衣姿のまんまで無事を確かめに走った。途中また余震。やっとのことでたどり着いたら実家は無事現存しており、『仕事はどうしたんだ』とびっくり顔で迎えた父と地震で半泣きの母の姿。無事を確認できた瞬間、腰がぬけてその場で崩れ落ちてしまった。

 

新年会の度 思う気持ち

 

これから先は誰にも言ったことがなく始めて綴るが、2011年以降、実家での新年会が無事できるたび、毎年ドッと安堵するようになった。

類にもれず2020年の今年も安堵した。なぜなら来年も実家が現存していて、来年も親きょうだいが健在で、来年も私が生きている保障など どこにもないからだ。

別に悲観しているわけではない。あの日の経験が私の死生観に影響を及ぼしたことで、真っ直ぐ素直に、ただただそう思うのである。

 

復興を祈る

 

いつか起こる可能性のある何かにおびえるわけではなく、今がここに在ることの途方もない奇跡を、あの日逆説的に知ったから、知らない頃にはもう戻れない。

だから、いつ何があっても困らないよう、好きな気持ちは逐一その場で過不足なく伝える。SNSであろうがブログであろうが媒体限らず発信する。親きょうだい、友人知人、大切なあのひとへ。

 

デジタルタトゥー?もし今のヒトと別れたら?

 

その類の事案を思わないわけではない。でも伝えなかったことで起こりうる後悔のほうが計り知れない。こうして私は今日も貴女や貴方への大好きを惜しみなく伝え続ける。

 

 

 

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